僕とバンドの話

 

 僕は小学生の後半から中学生にかけてのほとんどの時期、いわゆる不登校でした。

 

理由は自分でもよくわからないです。誰かにいじめられていた訳でもなく、学校に友達がいなかった訳でもなく、本当にただの普通の小学生でした。

 

当時の僕は一日の大半を泥のように寝て過ごしていました。

 

人というものは不思議なもので、何かをしていないと生きていられないです。ある程度の制約や義務があるからこそ、人生がより豊かに思えます。「学校いきたくねぇ」とか「テストめんどくせぇ」とか思えるからこそ、休日はスペシャルなんです。

 

友達もほとんどいませんでした。小学生にとって、基本的に世界は学校と家しかないですよね。なので不登校という時点で、外部との関わりが一切無いです。鎖国状態。

 

そうして、誰とも会わない、何もしない時間が長くなると、段々と自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなります。もっと言うと、生と死の境目があやふやになります。「不登校って楽そう、羨ましい」とか言う奴がいますが、分かってないです。手頃な角材で後頭部を殴りつけてやりたいです。

 

父親は少し厳しい人で、僕が学校に行かないために、毎朝のように職場から説教の電話をかけてきたり、帰宅すると即正座をさせられ夜中まで怒鳴られました。しかし、いくら説教をされても学校には行けなかったです。

 

毎晩、下の階からは聞きたくなくても聞こえてくる、おそらく僕について両親が激しく口論している声、何かが壊れる音、泣き声。そんな苦痛な音から逃げるように、僕は音楽を聴くことを覚えました。数少ない逃げ場でした。

 

そんな僕の初めてのバンド音楽との出会いは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONでした。

 

 

それまで、音楽をアーティスト単位で聴くという概念がなかったので、不意に耳に入ってきたテレビのCM曲やアニメのOPなんかの気に入った曲を聴いていた僕にとって、バンドという未知の集団はとてもかっこいいものに思えました。スーパー戦隊みたいなもんです。

 

こんなかっこいい曲を演奏しているアジカンとかいうバンドとやらはさぞ凄いオーラを発しているのだろうなと思いながら、母親のパソコンをこっそり借り、インターネットでスーパー戦隊について検索してみてびっくり。

 

よく駅前のサイゼでこういう大学生の集団見かけるよな

 

僕の中では、「黒シャツでロン毛のグラサン男達がタバコをふかしながら、その逞しい身体を激しく躍動させて超絶テクニックを披露している映像」が完全に出来上がっていたので、そのギャップに驚愕。と同時に、こんなに冴えない人達があんなにかっこいい音楽を鳴らしてるんだと感じた瞬間、胸の中で何かがざわめいた気がしました。このざわめきが数年後に僕の人生を狂わせます。

 

中二の夏、すっかりバンドとやらにどっぷりと浸かってしまった僕は、YouTubeという現代において電球の次に偉大であろう発明品を駆使し、気になったバンドを片っ端から聴くことが趣味でした。

 

そして僕はナンバーガールに出会います。

 

アジカンの曲にN.G.Sという曲があります。この曲名の由来はナンバーガールというバンドであるということは知っていたのでなんとなく認識はしていましたが、聴いたことは一度もありませんでした。

 

いつものように、「とりあえず最初の10秒くらい聴いて、合わなかったら変えよう」くらいの心づもりで再生ボタンを押しました。曲は、透明少女。

 

 

イントロで全身に電気が走った気がした。自分の中のスイッチみたいなものが「バチッ!」と切り替わったような感覚でした。

 

多分、あの時の衝撃やワクワク感や胸の高鳴りや焦燥感は、この先の人生では二度と味わえないんだろうなと思います。それくらい、当時の僕にとっては衝撃的な出会いでした。

 

鋭くて冷たいギター、重たくてズッシリとしたルードかつ直線的なベース、手数の多いドラム。そして何より、油断していると刺し殺されそうな気迫と狂気を孕んだボーカルの声。その全てが新鮮で、かっこよくて、すぐさまインターネットで検索してみました。

 

こういう人たち地元の予備校の前でよく見かける

 

もうビジュアルの冴えなさが大学生どころじゃないです。外見のクセの強さと、聴こえてくる音のヤバさが大喧嘩してます。油女シノが火影やってるみたいな。

 

でも、こういうギャップってすごく重要だと思います。かっこいい人がかっこいいことやってればかっこいいのは当たり前じゃないですか、そんなの。こっち側の人間にもハンデくれよ。

 

僕がナンバーガールを知った時には、とっくの昔に解散してました。というか、結成当時生まれてないです。OMOKAGE IN MOTHER'S SHIKYU 状態。

 

当時の僕は、スピッツRADWIMPS相対性理論ELLEGARDENなど、ロキノンの教科書の1ページ目に書いてありそうなバンドをよく聴いていました。

 

ナンバーガールを聴くようになってからは、同時期に活躍したバンドをよく聴くようになります。くるりスーパーカーなど、いわゆる97年世代です。スーパーカーはその後シューゲイザーを掘り下げていくきっかけにもなりました。

 

そして、自分がまだ生まれていない、物心もついていない時代の音楽を聴くことで、音楽の繋がりの面白さに気づきます。それは、アジカンのルーツにナンバーガールがあり、ナンバーガールのルーツにpixiesがあるように、見えないところで脈々と受け継がれている繋がりでした。

 

段々とバンドにのめり込みながら、小学生の後半から中学生のほとんどを不登校として過ごした後、通信制の高校に入りました。通信制とはいえ、全日と同じで学校には毎日通います。

 

軽音部に入りました。

 

それ以外もう見えてません。盲目です。歳上の先輩に恋してて、HoneyWorksが人生のバイブルの女子中学生と同じです。

 

いつか自分も大好きなバンドをやってみたいという思いが常にあったので、そのためにギターも少しかじったりしてました。

 

で、軽音部に入部するのですが

 

趣味がクソ合わねぇ

 

死活問題です。みんなマジでワンオク好きすぎでしょ、かっこいいけどさ。

 

しかしこういう時、僕のような面倒臭い勘違いオタクは

 

「僕はちょっとマイナーな音楽聴いてるから君たちとは相容れないようです、残念です」

 

みたいなスタンスをとります。自分がマイノリティーであることをある種のステータスであると思い込んで、薄い知識量でマウントをとってきます。選民意識バリバリです。一番煙たがられるタイプです。

 

こうした意識は今でも心の片隅にあって、#邦ロック好きと繋がりたいみたいなタグを使っては、UVERworldTHE ORAL CIGARETTES04 Limited Sazabysなどイケイケのバンドを列挙している人を見かけると、

 

「邦ロックが好きなくせにナンバガもミッシェルもブランキーも聴かないんだ」

 

みたいな捻くれた反骨精神を抱きます。自分の興味がないもの=クソみたいな最低の理論です。自分でもわかっているので許してください。

 

そんな意識を持ち続けていると段々と部活にいることが息苦しく感じ始めます。自分の世界と他人の世界との間のギャップに困惑し始めます。それから半年ほどで軽音部を辞めました。その何年か後に再入部しますが、楽しいと思ったことはほとんどなかったです。

 

大好きな音楽にさえ、自分の居場所を見出すことが難しくなった頃、Twitter上で繋がった人に「syrup16gってバンド、オススメだよ」と言われました。

 

バンド名はどこかで聞いたことあって、たしかBUMP OF CHICKENと仲いいんだっけ、みたいなぼんやりとした認識でした。

 

早速バンド名で検索してみると、そのバンドはスリーピースのバンドであり、すでに解散しているということを知りました。そして、例によってYouTubeで音源を探し、再生ボタンを押しました。曲は、生活。

 

 

かっこいい。

 

荒削りでファジーなギター。譜面を泳ぐように動きまくるベース。力強くて情熱的なドラム。掠れて憂いを帯びた、アンニュイでいて、かつ、しっかりとした芯のあるボーカルの声。その全てがかっこいい、と純粋に思いました。

 

でも、その時の僕は、それまででした。

 

ナンバガを初めて知った時のような、初対面からいきなりガツン!と灰皿で頭を殴ってくるような衝撃を感じることなく、かっこいいバンドという認識で終わりました。

 

それから数ヶ月が経ち、syrup16gが復活した」という話を聞きました。

 

「あ、シロップって復活したんだ。最近聴いてなかったし、聴いてみようかな」

 

曲も数えるほど知らなかったので、聴いたことなくて気になった曲を適当に選んで聴いてみることにしました。曲は、I・N・M。

 

 

涙が止まらなかったです。

 

何か正しいことがある 

何が正しいことになる

俺は俺でいるために

ただ戦っている精一杯

 

「I・N・M」

 

今にも倒れそうな苦しそうな顔でそう歌うボーカルに、僕は今までの自分の人生を重ねていました。自分の心の奥で絡まってる感情を解いて代弁してくれているような気持ちになりました。

 

それまでの自分の中では音楽を聴くということは、単に音を楽しむことだと思っていました。聴いててハイになるとか盛り上がる音楽は、聴いてるだけで自然に楽しくなっちゃうし、いい刺激になります。

 

しかしながら、このバンドに出会ってから、楽しいだけじゃない、痛みを伴う音楽があることに気づかされます。

 

くだらない事 言ってないで

早く働けよ 無駄にいいもんばかり 

食わされて腹出てるぜ

 

「手首」

 

耳が痛いです

 

誰もお前を 気になどしていない 

代わりなら 唸るほどいる

だから心配すんな

 

「手首」

 

仰る通りです。誰も頼んでないのに延々とTLで質問箱を連投し続ける自己顕示欲モンスター達に聴かせてあげたいです。

 

歌詞を眺めているだけでも自己肯定感が少しずつ磨り減っていくのが感じられるバンドなので、「このバンドのメンバーはどんなに冷酷で人の心の無い人なのだろう」と思いますが

 

めちゃくちゃ人間臭いです。

 

ボーカルの五十嵐隆氏は特に、人の顔を伺っては毎日何かに怯えていそうな方です。だからこそ孤独な人間の弱点を知っているし、痛みを知っています。

 

世界が君を無視し続けても

からっぽのまんまでいいんだよ

 

「inside out」

 

それからは、syrup16gのCDを集め始めます。知り合いの塾の先生が持っていた『coup d'Etat』を借りてきたり、地元の中古CD屋を巡ってみたり、Hurtからの作品はフラゲしています。

 

シロップのファンの方々は、長年に渡り人生をかけてその活動を追い続けている熱心な方が多い印象があるので、その方々からみれば生還後からファンを始めたような僕みたいなのはまだまだひよっ子です。まだナルトが影分身とうずまきナルト連弾だけで頑張ってる頃です。

 

そんなこんなで、syrup16gは僕にとって特別なバンドになり、高校を卒業して大学生になった今でも自分の感性の大部分を占めています。

 

よく、「私は音楽なしじゃ生きていけない」なんて言う人がいますよね。確かに、ロックスターならそれで飯食ってるわけだし、生活の基盤な訳なのでそりゃそうですけど、一般の一音楽好きが言ってるのを見ると、ちょっと違和感あるよなと思ったりします。

 

人生における音楽の重要さは共感できるし、音楽が大好きなことに僕も変わりないです。でも、音楽が無くても全然生きていけるし、「一生音楽が聴けなくなる」か「5万貰うか」だったら僕は秒で5万を取ります。

 

なので、個人的には疲れた時に息継ぎをするみたいな、そのくらいの距離感で楽しめればいいかなと思います。

 

まあここまで長文を書き終えた時点で、音楽なしじゃ生きていけない訳ですが。